山口北州印刷

沿革イメージ

1893年(明治26年)10月、岩手県盛岡市に創業し120年以上の歴史を積み重ねてきました。印刷、出版、雑誌の発行など多様に展開しているコミュニケーション企業です。

120余年の歴史を積み重ねた、
コミュニケーション企業。

OUTLINE|概要

  • □法人名
  • 山口北州印刷株式会社(Yamaguchi Hokushu Printing Co., Ltd.)
  • □事業内容
  • 書籍印刷・商業印刷ほか総合印刷、出版、広報・販促・編集・出版などの企画制作
  • □創業
  • 明治26年10月5日
  • □会社設立
  • 昭和47年12月8日
  • □資本金
  • 6,350万円
  • □役員
  • 代表取締役社長 今本 徹
  • 専務取締役   村上 恒
  • 取締役製造部長 石川 彰
  • □従業員
  • 76名
  • □本社および工場
  • 〒020-0184 岩手県盛岡市青山4丁目10番5号
  • TEL: 019-641-0585(代表) FAX: 019-648-1020


  • □東京支店
  • 〒105-0013 東京都港区浜松町2丁目7番14号 KAMONビル3F
  • TEL: 03-5408-5461 FAX: 03-5408-5466


HISTORY|沿革

  • 初代山口徳治郎が盛岡市内丸に活版印刷所を創業。
    主として岩手県他の官公庁、学校の印刷物を受注。
    間もなく活字鋳造機を設置。
  • 二代目山口徳治郎(東京美術学校〈現東京芸大〉製版科卒)が事業を継承、 書籍印刷と写真版印刷の品質向上に傾注。
  • 山口活版の支店として開業した大正活版所(花巻市)が宮澤賢治の処女詩集『春と修羅』を印刷。
  • 法人組織に改組し、合資会社山口活版所を設立。
  • 宮澤賢治の遺言に従い「国譯妙法蓮華経」を印刷。
  • 明治35年以来納入の岩手県報について多年の努力を賞され、5,555号発行記念に際し知事表彰を受ける。
  • 従来の活版印刷設備に加え、写真植字機、全自動オフセット印刷機等を設置しオフセット印刷を開始。
  • 三代目山口徳治郎が山口活版所代表社員に就任。
  • 本社・工場を新築、山口北州印刷株式会社を設立し、山口活版所の事業を継承。
  • 得意先への販促プランの提案と実施のための関連会社、総合広告代理店「株式会社岩手SPRセンター」を設立。
  • 電算写植システムを導入。
  • 得意先からの要望および商圏拡大のため、東京営業所(現在の東京支店)を開設。
  • 活版印刷設備を廃棄、活版印刷90年の歴史に終止符。
  • 創業100周年記念事業を実施、記念出版「IWATE IMAGES」を刊行。
  • 生産ラインのデジタル化に対応し、Macintosh-DTPシステムの整備に着手。
  • Windows-DTPシステムを導入。
  • CTPシステム導入、生産ラインをフルデジタル化。
  • ISO9001:2000 認証取得(平成18年4月返上)。
  • 本社・工場と東京営業所(現在の東京支店)を高速回線で接続、通信回線による原稿入稿、校正出校などを実現。
  • 大規模展示会の主催者・出展者をサポートする「Web入稿システム」を独自に開発。
  • 前工程から印刷まで、カラー印刷の一貫した色管理を実現する山口北州印刷CMS(Color Management System)を導入。
  • 藤浦信が四代目社長に就任。
  • 業務量の増加にともない、人員と設備を整備するため、東京営業所(現在の東京支店)を渋谷区恵比寿西から現在地(港区浜松町)に移転。
  • 仙台セットアップセンターを仙台市若林区卸町に開設(平成22年5月閉鎖)。
  • 小森コーポレーション製四六全判両面2色刷オフセット印刷機LS-244SPを導入。
  • FSC(CoC)認証取得。
  • Macintosh-DTPシステムを一新。
  • 小森コーポレーション製菊半裁判4色刷オフセット印刷機LS-426を導入。
  • 小森コーポレーション製A全判H-UV 5色印刷機LA-537を導入。
  • 日本WPAに加盟、バタフライマーク認証取得。
  • 今本徹が五代目社長に就任。

COLUMN|宮澤賢治と山口北州印刷の邂逅

大正13年4月、花巻の大正活版所が宮澤賢治の処女詩集「春と修羅」を印刷しました。 大正活版所は山口活版の支店のような形で、開業まもなくの頃。 賢治は不足の活字を取りに花巻から盛岡・内丸の弊社までしばしば足を運びました。 これより以前、弊社で長らく担当していた盛岡高等農林学校の校友会誌の印刷にあたり、 同校の学生だった賢治が幾度も弊社を訪れたともいわれていますが、定かではありません。 後に、東北採石工場技師時代の賢治がつくった商品案内チラシやその他たくさんの印刷物も、 遺言によりつくられた「国譚妙法蓮華経」も、山口活版所で手がけています。

「ジョバンニは何べんも眼を拭ひながら活字をだんだんひろひました」

童話「銀河鉄道の夜」に登場する活版所は、もしかすると弊社をイメージしたのかもしれません。