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昭和5(1930)年11月24日
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法人組織に改組し、合資会社山口活版所を設立
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昭和8(1933)年
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県内初の自動活字鋳造機を設置する |
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昭和9(1934)年 |
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宮澤賢治の遺言に従い「国譯妙法蓮華経」を印刷 |
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昭和11(1936)年
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朝日新聞、河北新報地方版の号外をしばしば印刷。
ベルリンオリンピックの「前畑選手の金メダル」を報じる |
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昭和15(1940)年2月 |
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4色凸版による初のカラー印刷を含む「明治九年岩手縣御巡幸録」を印刷 |
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昭和29(1954)年9月
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岩手労働基準局より、無災害記録の表彰を受ける |
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昭和31(1956)年1月 |
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岩手県報5,555号発行記念に際し、多年の努力を賞され、知事表彰を受ける |
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昭和38(1963)年
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従来の活版印刷設備に加え、写真植字機、全自動オフセット印刷機等を設置し、オフセット印刷を開始 |
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昭和40(1965)年7月 |
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三代目山口徳治郎(現会長)が山口活版所代表社員に就任 |
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昭和47(1972)年12月
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本社・工場を新築移転、山口北州印刷株式会社を設立し、山口活版所の事業を継承 |
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昭和53(1978)年4月 |
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得意先への販促プランの提案と実施のための関連会社、総合広告代理店「株式会社岩手SPRセンター」を設立 |
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昭和58(1983)年12月 |
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電算写植システムを導入 |
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昭和62(1987)年5月 |
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得意先からの要望および商圏拡大のため、東京営業所(現在の東京支店)を開設 |
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昭和62(1987)年12月
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活版印刷設備を廃棄し、活版印刷90年の歴史に終止符 |
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