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当社の前身「山口活版」の創業者・山口徳治郎(初代)が印刷業を始めたのは、開業間もない鉄道を通して盛岡にも文明開化の波が押し寄せてきた明治20年代半ばのこと。明治26(1893)年、巖手新聞社長も務めた大江哲郎が豪商・澁谷善兵衛から引き継いだ盛岡・肴町の澁谷活版所を、資金的な面から大江に代わって山口が経営する事になり、工場を引き継ぐ形で印刷業に手を染めたのがきっかけでした。
当初は素人のため事業としては思わしくなく一時は売却も考えたといいますが、明治30年、長男精一郎(二代徳治郎)誕生を機に前向きに事業に取り組み、官庁街に近い内丸に移って大量の活字整備を断行、新聞紙上にもそれを広告して本格的営業を宣言しました。
新天地・内丸には県庁や市役所のほか、「白堊城」と呼ばれ、県内の英才が集まる旧制盛岡中学校(現:盛岡一高)もあり、石川一(啄木)や金田一京助、野村長一(胡堂)らが期待に胸を膨らませて行き来していました。
 
 
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  明治26(1893)年10月5日 初代山口徳治郎初代山口徳治郎が活版印刷所を創業。
主として岩手県他の官公庁、学校の印刷物を受注
  明治30(1897)年   手回しカスチング活字鋳造機を導入し、営業品目に「活字鋳造」を加える
  明治35(1901)年
  岩手県報の印刷を受注、以来今日まで継続
  明治43(1910)年   工場を新築
工場
 
   
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